
「家族にだけは…」エリート夫のプライドと、崩れ落ちた本音
不安を抱えたまま数日を過ごした由美さんは、ある夜、意を決して夫に尋ねてみることにしました。
「ねえ、最近、何か悩んでいることでもあるの? もしよかったら、話してくれないかな。たとえば、会社のこととか……」
その瞬間、健太さんの表情が凍りつきました。そして、次の瞬間、これまで聞いたこともないような低い声で怒鳴ったのです。 「部屋に、勝手に入ったのか! 入るなと、あれほど言っただろう!」
あまりの剣幕に、由美さんの体は震えました。ただ心配で、力になりたかっただけなのに。拒絶された悲しみと、夫の豹変ぶりにショックを受け、由美さんの目からは大粒の涙が溢れ落ちました。
はらはらと涙をこぼす妻の姿を見て、健太さんはふと我に返り、そして何か切れたように、ソファに深くうなだれます。しばらくの沈黙のあと、絞り出すような声で真実を語り始めました。
「……解雇されたんだ」
それは、由美さんにとって信じがたい言葉でした。
「1ヵ月前、業績不振の部門縮小で……」
今は転職活動中。ただ高給だったのがいけないのか、今のところ状況は芳しくないといいます。コンサルタントのアドバイスもあり、ひとまず希望年収は現在よりもだいぶ低めに設定したところだとか。
なぜ、言ってくれなかったのか。由美さんが尋ねると、健太さんは顔を覆いながら懺悔しました。 「言えるわけ、ない。月収100万のエリートだって自慢げに話していた俺がリストラされたなんて。由美や子どもに、惨めな思いをさせたくない。この生活レベルを落としたくない」。家族に心配をかけたくない、その一心でついた悲しい嘘。それは、家族を守ろうとする夫の愛情であると同時に、高いプライドがもたらした壁でもありました。
中高年、特に40代以降の転職活動は、決して平坦な道ではありません。厚生労働省『令和6年版 労働経済の分析』によると、転職者数全体は増加傾向にあるものの、自己都合以外の離職、つまり会社の都合による離職を余儀なくされるケースも依然として存在します。特に、健太さんが身を置くような成果主義の外資系企業では、一度歯車が狂うと、昨日までの評価が一変することも珍しくありません。輝かしいキャリアを誇るエリートであればあるほど、そのプライドが「誰かに相談する」という行為を妨げるのかもしれません。
その後、佐藤さん夫婦は話し合い、都心の高級マンションでの暮らし含めてどうするか、家族としてどう歩んでいきたいのか、じっくりと話し合ったといいます。
「夫とは10歳離れています。夫は『俺が守らないといけない』という責任感が強かったようです。私が頼りないばかりに追い詰めてしまった――反省しています」
[参考資料]
厚生労働省『令和6年版 労働経済の分析』