医療法人の財産は“国のもの”?…法改正で政府が企図していること
日本の医療法人は、「出資持分あり」(旧医療法人)と「出資持分なし」(新医療法人)の2種類です。この「出資持分」とは、出資者の有する財産権のことを指します。
「出資持分あり医療法人」とは、法人の定款において、出資持分(設立時に理事長らが出資した資金)に関して返還規定を設けている医療法人のことです。一方「出資持分なし医療法人」は、定款に出資持分に関する規定がなく、持分が一切ない医療法人のことをいいます。
もっとも、2007(平成19)年の医療法改正により、持分あり医療法人は新たに設立できなくなりました。法改正以前に設立された持分あり医療法人は「経過措置型医療法人」として、持分なし医療法人への移行経過措置が取られています。
では、国がこの「出資持分なし医療法人」を増やす方針をとっているのはなぜなのでしょうか。国が持分なし医療法人の設立しか認めなくなった背景には、下記の狙いがあるとされています。
1.医療法人の非営利性の徹底を図る
2.持分の払い戻しなどによる医療法人の経営破綻を防止し、地域医療の安定性を確保する
ここで大事なポイントになるのが、医療法人の事業承継や解散時における持分の扱いです。
■利益は医療に再投資が原則…「持分あり」は“法の抜け道”だった?
たとえば、理事長が出資額1,000万円で持分あり医療法人を設立し、30年後に5億円の財産が法人内に蓄積されたとしましょう。後継者がおらず医療法人を解散する場合、蓄積された5億円は理事長が「自らの財産」として全額受け取れます。また解散ではなく、親族内承継で子どもが事業承継した場合、5億円はその子どもに相続されます。
つまり、解散・事業承継いずれにせよ、持分あり医療法人の場合、医療法人の財産は最終的に個人に帰属することになります。
これは筆者の個人的見解を含みますが、この財産の帰属の問題が、国が「持分なし医療法人化」を推進する大きな理由のひとつだと考えます。というのも、医療法人は、医療法第54条で「剰余金配当の禁止」が規定され、理事長ら役員に配当金を出すことを禁じているからです。
医療は公益性が非常に高く、社会福祉制度の一環として国から多額の公費が投入されています。ですから、医療法人が得た利益を個人に帰属させることを禁じ、利益は医療に再投資することが求められていると考えられます。
「剰余金配当の禁止」の範囲は広く、毎期の配当だけではなく、「配当類似行為」も禁じられています。配当類似行為とは、たとえば、医療法人の役員(理事長、理事など)に対し医療法人から金銭を貸し付けたり、法人所有の不動産を個人借入の担保に提供したりすることが該当します。つまり、医療法人の資金が特定の個人に流れることや、医療法人の資産を棄損するような行為を禁じているわけです。
しかし、先ほど述べたように、持分あり医療法人は解散や事業承継の際には、財産が個人に帰属することになっていました。この矛盾を是正するために、国は持分なし医療法人への移行を進めていると理解できます。

国が推進する「持分なし医療法人」の大きなメリット
一方、持分なし医療法人は出資者の持分がありません。解散時に残っている財産は出資者に返還されず、国や地方公共団体、その他の医療法人に帰属させることになっています。
ただし、医療法人の設立時に出資した資金だけは戻ってくる仕組みが用意されています。基金制度に基づき「基金拠出型医療法人」(基金制度の場合、医療法人へ金銭や財産を提供することを「拠出」という)になれば、最初に拠出した金額の返還を受けることが可能です。昨今新設される医療法人の大半は「基金拠出型医療法人」になっています。
こうしてみるとデメリットしかないように思えますが、持分なし医療法人にもメリットはあります。
持分あり医療法人では相続財産に相続税が課される一方、持分なし医療法人は相続税が課されません。たとえば、持分なし医療法人が事業承継時に5億円の財産を持っていた場合、5億円をそのまま次の代に引き継ぐことができます。もちろん、新理事長の個人資産ではく医療法人の運営資金に充当されるわけですが、経営上これは非常に大きな利点です。
つまり、親族内承継で相続対策をするのであれば、持分なし医療法人は圧倒的にメリットが大きいといえるでしょう。
また仮に持分なし医療法人を解散する場合、毎期の適正な利益コントロールに加え、最後に理事長らに退職金を支払うことで、内部留保をほぼゼロにすることが可能です。
政府が「持分なし医療法人化」を推進する「もう1つの理由」
政府が持分なし医療法人化を推進する背景には、この財産の帰属問題に加えて「医療法人の経営安定化」を図る狙いがあるとされています。
持分あり医療法人では相続税を課されるため、内部留保が多ければ多いほど税負担が増します。これにより、相続税を支払うためにクリニックを売却せざるを得ない事態も起こり得るのです。
一般のクリニックレベルでそこまで大きな財産が残ることはほとんどなく、数億円の内部留保であれば毎期の利益調整や退職金でほぼゼロにできます。しかし、これが病院クラスになると話は別です。内部留保が数十億~百億円単位で積み上がっていることもあるため、相続税の負担が重すぎて経営危機に陥るケースも少なくありません。
また、持分の「払戻請求権」も大きな問題です。
■複数の相続人や共同出資者による持分の「払戻請求権」行使の場合
たとえば、理事長に子どもが3人おり、そのうち長女が新理事長として事業承継したとします。このとき、医療法人の運営に関与しない長男と次女が持分を相続した場合、2人は持分を現金化したいと考えるのが普通でしょう。宝くじにたとえるなら、数億円の当選券を持っているのに、換金しない人はいないのと同じ理屈です。
その場合、2人は医療法人に対して、持分の払戻請求権を行使できます。医療法人に資産が数十億円あったとしても、そのほとんどは土地建物や医療機器などの設備のため、数億円のキャッシュを用意するのは容易ではありません。
さらに、払戻請求権の行使は事業承継のときだけではありません。たとえば、開業時に共同出資した理事が「経営方針の違い」などで退職することとなった場合、退職金のほか出資比率に相当する分を払戻請求されるケースがあります。その支払いのために、医療法人は大きな借入を余儀なくされることもあるのです。
持分あり医療法人は、こうした金銭問題によって医療法人の運営が脅かされる懸念があります。存続できなくなれば、地域医療に大きなダメージとなるでしょう。
そこで国は「認定医療法人」の制度を設けました。認定医療法人は一定の要件を満たした場合、持分の相続に対して相続税を一定期間猶予したり、相続税が免除されたりします。ただし、認定医療法人になるためには持分の放棄、つまり持分なし医療法人に移行する必要があります。
持分なし医療法人への移行は、慎重な判断を
持分あり医療法人の理事長のなかには、持分なし医療法人へ移行すべきか否か悩まれている人も多いでしょう。私も現場で多くの相談を受けていますが、その際「性急に答えを求めないほうが良い」と伝えています。
持分なし医療法人への移行は、財産権の放棄です。長年積み上げてきた内部留保を国に寄付するようなものですから、それが本当に最善策なのか、冷静に判断すべきでしょう。
もちろん、子どもが事業承継すると決まっている場合は持分なし医療法人に移行するメリットは大きいです。ただ、M&Aで第三者に売却するなどの可能性がある場合は、持分あり医療法人のほうが売買をスムーズに進めやすくなります。
持分なし医療法人への移行は、将来的にどのような事業承継のビジョンを描いているかで、メリット・デメリットが変わります。慎重に判断することが大切です。
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著者:野田 智成
グロースリンク税理士法人 医療コンサルティング事業部 ミドルマネージャー
税理⼠/医業経営コンサルタント
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